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<title>不弧風録庵 －Snobist Blog-</title> 
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<modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
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<tagline><![CDATA[五里霧中の現代をときに軽やかに疾駆し、時に木陰で逡巡しながら生きていくことを目指すSnobist、Masa.Nによるブログスペース]]></tagline> 
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<title>地震の最悪の輪郭を見据えて</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2011-03-13 23:25:03+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2011-03-13">
<![CDATA[
全体像がほぼ見えてきた。というより、実像はわからないけれど最悪の輪郭は見えてきた。<a href="http://www.aa.alpha-net.ne.jp/mamos/" target="_blank">坂本衛さんのサイト</a>であるけれど、確かにこの三陸〜相馬までの人口と、今回の災害から類推するに、１万人では収まらず、数万人、悪くすると十万人単位の死者が出てくる可能性がある。壊滅的被害、と伝えられるが、壊滅的被害であることを伝える人もいないほどに壊滅した集落がいくつもあるはずだ。<br />
<br />
朝日新聞の<a href="http://www.asahi.com/special/10005/minamisanrikude1000itai.pdf" target="_blank">この記事</a>はいくら何でも心が痛い。これまでの災害なら（たとえば阪神大震災であっても）体育館やどこかに遺体安置所を設置し、身元を確認して、遺族に遺体を引き取ってもらい、荼毘に付してきた。しかし今回は物理的にそれが難しい、という記事だ。「土葬にしてほしい」という町の申し出は悲痛だが、土葬にはできまい。１０００人、おそらくこれからもっと増える死者を<a name="more"></a>埋葬するような土を掘り返すことは難しい。埋めても夏には悲惨なことになる。残念ながら、DNAが取れればいちばんいいけれど、形見をとって荼毘に付すしかない。昔の日本には隠亡という人たちがいた。戦後間もなくまでいたらしいが、火葬担当者のことだ。近代より前の隠亡は、戦場の後に出向いて戦死者を荼毘に付し弔ったというが、そういう人は日本にまだいるのか。いないのならどうするのか。もうそういう次元に入ってきた。<br />
<br />
まだ助かっていない人も１００００人以上いるらしい。４０万を越える避難民は、同じ県で受け入れるのは不可能で、今回の震災で影響を受けなかった中日本や西日本に仮集落を今から構築し、そこに集団移住してもらうしか方法はないのではないか。もう国全体が、地方自治体が、○○村を受け入れます、という姿勢を示さないと間に合わないのではないか。繰り返すけど、これは現地で、故郷で自立して「復興」できるという次元ではない。復興するにしても、どこかに足場を作らなければ無理だ。西日本のある一帯で、仕事を含めて経済網を作り、それをまるごと東北に移植し直す、といったことを考えなければ。<br />
<br />
しかし、である。twitterとテレビを同時並行で見る日々が続いている。テレビの訴求力はやはり地震が起こった当日を頂点にすごいものがあるが、どうしても、点だ。点と点をつなぐものがみえない。すべての点をカバーしている確信もなく、点へ点へ人の目と耳を誘導する。だが、さきほどいったような、壊滅していることを伝える人すらいないような壊滅を伝えるすべはない。twitterは面としての広がりは大きいし、役に立つが、軸が見えない。<br />
<br />
何がいいたいかというと、もうマスコミとかソーシャルメディアとかいっておらずに、両方がんがん使ったらいいのだ、ということ。この期に及んで対立的な論調は無駄。NHKの安否情報は確かに９５年の阪神淡路大震災のときは有効だったけれど、今回は、googleがやっている、「各避難所に張り出されている名簿を写真に撮って送ってください」と呼びかけそれをタイプしたものにかなうわけがない。<br />
<br />
枝野官房長官をはじめ、政府も必死にやっていると思うが、起きた危機に対応する東電の対応はいただけないし、「国民が知りたがっているんだ」といって「なんで首相が出てこないんですか」程度の質問が出てくる記者会見、批判が飛び交う言説、これまで日本を動かしてきた仕組みがもうとうの昔に機能不全になっており新たな事態に臨機応変に対応しなきゃ行けなくなっていたのにできなかったことが（自分もいまできていないのでもどかしいのだが）、これを機に変わっていくだろう。そう変えていくことが、この未曾有の戦いに勝つことだ。そう変えていかなければ、この興奮が冷めたころのたとえば財政負担であるとか、労力の負担に耐えられまい。<br />
<br />
いやいや、いまはとにかくこの最悪の輪郭に向かって全力を尽くさないと。
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<title>地震から、一夜。</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2011-03-12 21:46:49+09:00</issued> 
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<![CDATA[
地方自治のことを語らなければならないのだけど、昨日は地震対応で会社に泊まり込みでした。あの津波の映像はおそらく世界で初めて。よろこんでなんかいない、テレビはさすがに放送しないけれど、あの映像のフレームのちょっと外で人が飲み込まれ命を落としていたはず。その想像力は持たないと。持ったところで、単に地獄絵図の絶望的な気分になるだけだけど。<br />
<br />
福島原発の対応は情報の出し方にいらいらしたが、多少の「妙に安心させようという言い方」を措いておけば政府の対応は今のところ何とかなっている。とにもかくにも、海水を入れて温度を下げる。熱々の鉄鍋に水を入れたらはじけるように、熱々の原子炉に水を一挙に入れたら暴発する危険もあるけれど、ここまで来たら比較衡量の世界。炉心溶融から爆発を起こすよりはまだそっちがましだ。やるしかない。<br />
<br />
それより、ほんとに、町が壊滅しているさまが地獄絵図だ。壊滅、とは、壊滅していることを報じる人もほとんどいない、という状態なんだろう。ほとんどの人が死んでしまって、誰が死んだり行方不明かを伝える人もいない、という状態なんだろう。気仙沼は火焔地獄のように燃え続け、陸前高田は廃墟になった。南三陸町は人口の半分がどこに行ったかわからないそうだ。なんてことだ。<br />
<br />
神戸も壊滅的だった。長田地区の様子は今回の気仙沼に近い。でも神戸には、お金も人も、隣に大阪もあった。経済があった。だから、絶望的な中からも人が立ち上がり、人が帰ってきた。だから復興した。果たして今回、ほんとに集落ごと、町ごと津波に持って行かれたこの仙台や石巻や三陸の街々が「復興」するだろうか。おそらくは高齢者に支えられた農業は、田畑が完全に汐をかぶり使い物にならない。それより少し若い世代がやっているだろう漁業は、船を壊され修復の金もないだろう。この災害は終わらない。遺骸を太平洋に持ち去られた人も多くいるはずだ、彼らが災害から「復興」したなんて思えるようになるとは考えられない。<br />
<br />
彼らには、神戸以上の絶望しかまっていない。この後、死者数が、悪くすれば万単位になる（そう考えて対応するべきだ。まずは生存者を何とか救出して欲しい）なかで、絶望はさらに増す。これまで、日本政治とか日本経済の埒外に置かれてきた地方が、それならではの絶望の影を落としてくるだろう。誰か、ここに灯をともせないか。国家が、まさに「くに」をどうするのか、そこを問われてはいないだろうか。まだそこに踏み込むには早い。いや、といって僕もまだ絶望しているだけなのだが。<a name="more"></a>
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<title>地方自治の行く末？</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2011-03-06 23:33:35+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2011-03-06">
<![CDATA[
そろそろサイトを復活させて、自分が「書く」という努力をしていないといけないと思っているのですがなかなか前進できないので、とりあえずブログで書き綴っていきますね。よろしく。<br />
<br />
ちょっと前の名古屋の選挙は、河村たかしの完勝となった。勝敗はもちろん、票数の差が衝撃的である。倍以上だ。市議会リコールのぜひなんか、不信任、という以上の結果である。いつから、こんなに地方政治がなってしまったのだろうか。別に悲観しているわけではないが、いま、日本では橋本大阪府知事と河村名古屋市長を話題の筆頭に、竹原阿久根前市長にいたるまで地方行政がニュースになっています。これ、けっこう根本的な動向だと思う。日本のメディアは、これはマスメディアも実はヤフーコメントの書き込みにいたるまで「全国」目線で、ローカル視線のニュースがないから掴みきれていないけれども、大きな地殻変動と見た方がいい。これがどういう結果になる釜ではわからないけれど、地殻が動いていることには間違いない。<br />
<br />
というのも、日本の国家というか社会というのは、都市部の工業産業の労働者を地方が吐き出す労働力によって補う、というかたちで経済成長を果たしてきたし、少子化によってそうした構造がうまく行っていない今になっても基本的な都市と地方の構造だけは変わっていない。<a name="more"></a>労働力を地方が供出する分、そこに公共事業で金を落とし、経済を支えることによって「日本」という国家の一体性を（大げさにいえば）維持してきたわけだ。ところが、すでに経済が世界と密接に結びつき、上述したように日本の人口構成も変わっているにも関わらず、社会や行政のこの仕組みだけが残ってしまっている。<br />
<br />
本来なら、政治家や高級官僚が日本社会の将来ビジョンをもとにこれを書き換える作業を行うべきだが、どうやらこの仕組みはいまや無意識化してしまって、どういう新たな構造を作るかに関心が行かない。たとえば、東京でがんがん経済成長して地方を切り捨ててGDPを上げる、というのはひとつの戦略ではあるが、国家は単に経済成長が目的ではなく、どうしてもそこに国家の一体性というようなものを維持するための施策が必要になる。有り体に言えばこれが再分配で、つまりは政治なのだが、そこに議論が行かず、首相を筆頭に「何がいちばんいい経済政策か」という、その政策の論の強度を競っているだけになっている。これなら、竹中平蔵氏が云っていた、「地方にそれでも住みたい人は、空気もいいし水もいいし食べ物もおいしいから、多少の不便は我慢してください」という趣旨をきちんと説明する方がまだしも責任ある議論に聞こえる。<br />
<br />
で、東京は現行の構造に対し無意識になっているけれど、このままでたとえば公共投資をしてもらったところでつぶれるのは地方のほうだから、地方が自分でなんとかしないとどうにもならないわ、と気づいて動き始めているのが大阪だったり名古屋だったり、あるいは新刊背負担を拒否した新潟だったりするわけだ。彼らは「都」とか「州」とかいう構想までできるからまだいいが、たとえば阿久根市はそんなことはできない。橋本、河村といったビッグネームではない、自衛隊上がりの人が市長になって、かなり派手にやったものだから、メディアからもいわば「反現行構造」として批判の言葉を受けたけれども、おそらく、彼が市長でなくなったところで、阿久根の経済がよくなると期待できないことは市民がいちばんよくわかっているのではないか。そして、非常にネタとして扱いやすい「反現行構造」市長の退場によって、おそらく今後しばらく阿久根市という街が全国ニュースに載る頻度も極端に減ってくだろう。ニュースは何を伝えたいのか。<br />
<br />
実はこの観点は東京が一番鈍いのに、政治も社会も経済も文化も東京中心にできてしまっているものだから、捉える方法がない。対馬は韓国資本に買われ、九州には韓国からどんどんゴルフ客が来ている。北海道の、人が住まなくなってしまった土地は中国に買われていく。こういうとすぐに東京は「韓国が侵略」とか「中国が水戦争に乗り出した」という国家論的な考え方を繰り出すけれども、またそういう一面を否定はしないが、九州も北海道も東京が何ともしてくれないことをよくよくわかり始めていることを、東京もわかったほうがいい。これは社会構造の問題だから誰が悪いというわけではないけれども、地方の立場から云えば、労働力が足りないからと地方に人を吐き出させ、人がいなくなった地方に税金を落とすのは無駄だと非難し、それで山があれ自然が壊れれば地方は努力が足りないと訴え、挙げ句自分たちで食っていく道を模索したら「日本」を持ち出される。じゃあどうしたらいいんだっぺや？というのが現状だ。<br />
<br />
その意味からすれば、現在の、地方が東京から離れて独自に行動しようと云う動きは悪くない。これは「地方分権」というようなレベルを越えた話にしていかなければ意味がない。ただいまのところ、この動きは単に東京批判にとどまっている節もある。東京批判をする前にまずは、地方が何をしなきゃ行けないか、を次稿でちょっと考えたい。
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<title>ニューヨークから、so long, 2011</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2010-12-31 21:35:51+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-12-31">
<![CDATA[
諸般の事情でニューヨークへ来ています。３日前が大雪だったのでその雪が残っているけれど、そんなに寒くもなく。本来なら今日、日本へ帰るべき日だったのだが、さすがに一日延ばしてもらって年越しをニューヨークでカウントダウンすることにした。とはいえ、年もあって寒いタイムズスクエアでは大変なので、別途。<br />
<br />
２０１０年は難しい一年だった。大変な一年だったという感じではないのだが、年相応に仕事も増え、責任も増し、それが時々オーバーフローして、身体を傷めたこともあった。来年は、ベースとなるペース作りにも力を注がなければなるまい。<br />
<br />
いろんなことを、アクティブに再建していく。HPがなくなっていたのでそれも再建。なくなっていた、というのは、今は懐かしいtripodで始めたサイトが、インフォシークを経て楽天を経て、そしてついに１０月いっぱいで廃止になっていたことを知らなかったのだ。これもやりますからね。<br />
<br />
２０１１年、いい年でありますよう。<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/RIMG0029.JPG" width="912" height="684" border="0" align="" alt="RIMG0029.JPG" /><a name="more"></a>
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<title>世界バレー、白熱、日本も変わってきたのか</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2010-11-14 23:05:48+09:00</issued> 
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<![CDATA[
バレーボールは見るけどそんなに興味がなくて、とはいえ今回の世界バレー女子は見てしまった。ご承知かもしれないが、われわれ世代より上の人たちにとってはバレーボールはサッカー以上のキラーコンテンツだ。「ALWAYS　３丁目の夕陽」じゃないけれど、日本がまだ高度成長ど真ん中にあったころ、その夢を具現化したのはドメスティックにはプロ野球だし、インターナショナルには東京五輪のバレーボール女子、そしてミュンヘンの男子の金メダルだった。そのことが印象に残っている世代では、バレーボールはいまだにキラーコンテンツ、というわけだ。<br />
<br />
７０年代から８０年代にかけて、日本のテレビ局はバレーボールに大量の投資をした名残で、日本では日テレ系列がグランドチャンピオンシップ、ＴＢＳ系列が世界選手権、フジ系列がワールドカップを中継し、これに４年に１度のワールドカップが加わるから、毎年世界大会が開かれていていったいどれが権威ある大会なのか、よくわからない。ややインフレ気味だが、それでも視聴率が落ちないんだから、テレビをよく見る高齢視聴者層についてはいまだ相当のコンテンツ、というわけだ。<br />
<br />
それはともかく、ぼやっと見ていたが試合はすごかった。<a name="more"></a>特に、セッターの竹下選手である。大ベテランで、大きな世界大会が終わるたびにもう引退するか、もう引退するか、といわれている人だが、引退しない。しようがない、あれほどボールの行方を読み、どんな状況でも質の高いトスが上げられるセッターは世界中探してもいないだろう。なにせ背が低く、ブロックのときは一枚ないと覚悟しなければならないところだが、それを差し引いても圧倒的な戦力だ。<br />
<br />
そして木村選手。久しく見なかった、エースアタッカー、本物のオポジット。サーブレシーブが乱れたときに何とかする、という、エースの働きを久しぶりに日本チームで見た。何より、顔がいい。もともと美人顔であるが、戦う顔であると同時に、自分で何とかできる、という顔をしていた。戦う顔。ブラジルには届く、届かなかったのは自分の責任、という強さを、竹下選手も木村選手も持っていた。ドメスティックに戦う顔はもう見飽きた。こうした顔が、まだまだ、日本人に見たい。日本はいろいろやばいけど、次代の変わり目に差し掛かりつつあることは、祝福すべきかもしれない。
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<title>尖閣流出が義憤ならば</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2010-11-10 17:44:04+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-11-10">
<![CDATA[
石垣で話が進むかと思いきや、以外にも神戸で決着した。とはいえ、まだ逮捕に至っていない。疑問も多い。いったいどこから映像が入ってきたのか、ほんとうに「単独犯」だったのか。組織として、誰かが流すことを考えていなかったのか。そもそも刑事罰に値するのか。いろいろ整理しないと、逮捕も難しそうだ。<br />
<br />
そういう情報が少ない状態だから、巷ではいろいろと盛り上がっている。多数派は、今回の「義挙」に快哉を叫び、減刑を嘆願する。まだ実情はわからない。義憤かもしれないし、ただの遊びかもしれない。さて、義憤だった場合にだが、どう受け止められるのか。<br />
<br />
戦前の日本でも、同様のことがあった。当時、政治は思想的にもシステムとしても機能不全に陥っており、第一次世界大戦後の変化した世界についていけず、経済的にも無策だった。国民の期待はその政治の無策を批判し一挙の改革を叫ぶ軍部に向き、テロだけでなく、電線を切ったりとか、そうした小さなことにいたるまで「軍が国を指導すべきだ」という義挙から相次いだ。ここには、経済疲弊と、社会階級の拡大に対する無策があるのだが、今日はここでは立ち入らない。<br />
<br />
そうした義挙はどう受け止められたか。軍部が「君側の奸」とした元勲や政治家を討ったことに国民も軍ＯＢも快哉を叫び、愛国がたたえられた。あとはご存知の道を走っていって、良くも悪くも破滅に走っていったわけである。<br />
<br />
さて、である。ここからが議論だ。<a name="more"></a>私はナショナリストというか、右翼と自分を定義している。この場合の右翼とは、近代国家の基本的な理念、人権や平等といった基本的な概念だけでは社会は機能しない、という立場だと思ってもらいたい。もう少しいえば、人権や平等といった近代の基本的な概念はきわめて「普遍的」なもので、どういう国や文化にあっても万能に通用する、そこを人々が目指していけばいずれ国家も事実上止揚されコスモポリタンの理想世界が訪れる、というのが私から見た「左翼」の基本的な定義だ。<br />
<br />
私の「右翼」の立場はその逆である。国や文化によって人権や平等といった「普遍的」な概念は普遍のままに機能するのではなくて、そこにはその国ごとの伝統や慣習といった要素が加味されなければ機能しない、という考え方である。ここまではいいだろうか。<br />
<br />
ただ、数学や論理学において「逆」や「対偶」の考え方が難しいように、ナショナリストもなかなか立ち位置が難しい。そもそもナショナリズム、というものが、国民の平等や人権を尊重する立場から生まれた近代的なものだからだ。だから、真のナショナリストは、近代国家のさまざまな要素や概念を全否定することはない。ただ、左翼の方々の、普遍的概念はどこでも通用するといった能天気さやあるいはそれだけが正しいという教条主義や啓蒙主義、理想社会にいたるために国家や文化の伝統的要素を全否定する姿勢を嗤うのである。一方、近代国家そのものを全否定する人は自分も含めた国民の平等や参政権、国家のあり方そのものを否定しているわけで、これはナショナリストというよりは反国家主義に近い。多くの自称ナショナリストの方々は、その矛盾に気づいていないだけだ。<br />
<br />
その矛盾から、逃げないのが、国を思うナショナリストの姿勢ではないか、ということだ。この時代に生きている人は、そうはいっても近代国家以外の国家像を提示できていない。もっとも過激な右派と呼ばれる人ですら、対外的な意味おいては近代の歴史が日本に押し付けたルールを拒否することがあっても、国内のことについてはきわめてシンプルな近代のルールにのっとって語っている。<br />
<br />
今日のこの場では、外国人のことはさておこう。まずはナショナリストにとって、「国民」が基本概念なのだ（これ自体がきわめて近代的だ）。そして愛国心のやむにやまれぬ発露は、義憤として、僕も否定しない。しかしそれは、国民がよって立つ近代国家としての日本への抵抗になってしまう。彼は一国民の域を超えて、一個人として<br />
行動してしまったからだ。彼がそれでも、一国民であろうとするのならば、その矛盾を抱えながら、おとなしく近代国家のルールである刑罰を受けるしかないし、彼が粛々とその路につくさまから、私たちは「国民」、この矛盾多き時代のナショナリストの姿として、その矛盾の重さゆえに強く感じることになるだろう。<br />
<br />
私の課題は、ナショナリストとして、近代国家という国と、故郷というくにをどう外接させるかだ。そのことは明治以来の課題であって、明治以来こんなに多くの経験を重ねてきたにもかかわらず、いまだ棚上げになっているものだ。尖閣問題を見たときに、実は、ナショナリストの側がもっとも歴史や伝統に囚われないシンプルな国民国家論を唱えていたのはなぜなのか、ずいぶん考えた。私にとってはこの課題は、結局、征韓論を解決できなかった日本という近代国家の、西郷にすべてを引き受けさせた近代国家の宿題でしかないように思う。
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<title>尖閣ビデオ、面白いよね。いろいろ考えさせられる。</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2010-11-05 23:12:18+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-11-05">
<![CDATA[
海保から流出したということがほぼ確実な尖閣諸島のビデオ、面白かった。しかも面白かったのは、これを各テレビ局がいっせいに放送してしまったことだ。坂本衛さんのサイトにも書いてあったけれど、昔の放送局、特にＮＨＫなら、官邸からストップがかかって流せなかったのではないか、という。<br />
<br />
もう少し意訳すると、この映像を海保でも検察でもいいんだけど公務員が放送局の記者に持ち込んだりすると、放送局って電波免許を国に握られているという決定的な弱みもあるので、局内でそのリソースの真偽について議論を重ねていくうちにいろんな「配慮」や「忖度」や、場合によっては「圧力」があるかもしれないが、放送しなくなってしまうということが、ままあるのではないか、という意味だ。<br />
<br />
ところが今回は、「sengoku38」（最後の38は「左派」なんだろうかね）というハンドルネームしかなく、ニュースソースが放送局にもわからないから、そうしたことに配慮する必要がない。もし官邸からねじ込まれても、「われわれは秘密会での映像も見ていないから、この映像が本当かうそかわからないじゃないですか」（官邸がそれでも強硬に主張すれば、それ自体が映像が本物であることの裏づけになる）といって逃げられる。いつもは著作権侵害の宿敵であるyoutubeのおかげで、今回はマスコミはみんな遠慮なくやれた側面があるのではないか、というわけだ。<br />
<br />
いろいろと国際関係への配慮があるにしても、実は見てみた限りそんな大した映像でもない（どっちかの船が沈んだりしたんなら話は別だが）から、こんなんだったら政府も早々に公開してりゃよかったのに、と思ったし、今回の件に限らず基本的には政府が情報をコントロールするということには反対の立場なので、悪くはないと思う。とはいえ、問題点は多い。<br />
<br />
<a name="more"></a>まずもって、情報管理の問題点だ。こっそりこうした情報が漏洩されて、国民が快哉を叫ぶのはかまわないが、もし情報の流出源が政府（検察と海保も含めて）だとすれば、政府の中に国際関係の緊張に対する認識がなさ過ぎる。もちろん、下っ端の検察や海保にないというだけでなく、政府ど真ん中もそうだ。快哉を叫んでも、場合によっては国民の生命財産を無用に脅かすことだってありうる。情報を公開しつつ（そのことを基本前提として）国益と国民の生命財産を守るのが政治の仕事のひとつなのに、情報を伏せるという前提に立ち、しかもそこにも失敗している。これはかなり厳しい。<br />
<br />
あわせて、この「出所不明」の映像をどんどん流したマスメディアのことも、再考する必要があるだろう。マスメディアは、特に電波免許を受ける放送局は、大本営発表ではない独自取材のツールを持つことで、社会に対するいわゆる「公共性」に資する情報を提供することを使命のひとつとしている（そうでなければ公共の電波を国から独占的に使用権を与えられる意味がない）。<br />
<br />
ところが、今回、明らかに、独自取材とはまったく関係のない情報を一挙に流した。youtubeで見る以上に多くの人がこの情報に接することができたのはマスメディアの力だが、一方で、それが公共性に見合っているかどうかという判断を放棄した（この判断をしすぎると政府に近づいてしまう、という問題もあるのだが）ことは、今後、通信との融合議論の中で大きな問題になるのではないかと考えている。<br />
<br />
わかりやすく一例を挙げれば、身元不明者が差し出した著作権もないyoutubeの映像をメインに使用したニュースをテレビ局が流し、そのニュースの映像を誰かが録画してyoutubeにうぷしたとき、放送局はみずからの著作権と編集件を理由にyoutubeに削除を要請するだろうが、それは適切か否か、という問題だ。著作権のことを言う人はいるが、公共性を前提とした「編集権」、編集権の独立、マスコミだけが市民のために公共的な情報編集を行うことができる（そんなことはないのだが、かつてはハード面の独占がそれを担保してきた）という、無意識の前提を問われることになるだろう。<br />
<br />
これを打破したい、というのではない。もっと強くこのことを意識して、取材手法や番組内容に活かしてくれればいいと思う。しかしマスコミの側が、これにあまりにも無意識だ。いろんな局のニュースや番組を見たが、このことを良くも悪くも強く意識しているな、と思ったのは、ＴＢＳの報道特集だけだった。これも、局のカラーというよりは実質上の編集責任者である金平さんのリードがあるからだろう。ここを考えないと、通信に乗り出していったときに、メディアは、テレビも新聞も、今以上の加速で通信側の情報の論理に巻き込まれてしまうだろう。それが社会にとってハッピーかどうかは、よくわからないが。
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<title>有楽町を歩く</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2010-10-31 23:29:02+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-31">
<![CDATA[
久々に、有楽町を歩く。台風一過で気持ちのいい天気なら良かったのだが、それは夏の話。もう10月だ。いや明日から、11月。外は今にも雨の降りそうな曇り空。心なしか寒さが増す。<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/F1000004.JPG" width="120" height="216" border="0" align="" alt="F1000004.JPG" /><br />
<br />
西武が降りてルミネに変わる有楽町マリオン。<br />
<br />
ビックカメラで、office for mac 2011を買う。<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/F1000003.JPG" width="120" height="216" border="0" align="" alt="F1000003.JPG" /><br />
<br />
正直に言って、このofficeはoffice2010、特にWordが何だかわけがわからなくなってしまった2010より全然、使い勝手がいい。mac的な、グラフィカルな要素を感覚的に処理することにも長けているし、アウトライナー機能も十分だ。ここまで互換性が高ければ、Winのマシンに固執する必要もほとんどないような気がするが。<br />
<br />
おまけに、Macbook Airも新しいものが出ていて、かなり安くなっている。これを買ってしまうと、私のWin生活も終わりになってしまうかもしれない、と思った。<a name="more"></a>
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<title>国際信義を体せずして、外交ができるものか</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:47Z</modified> 
  <issued>2010-10-30 20:45:10+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2011:snobistblog.27834141</id> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-30">
<![CDATA[
外交は国家間の信義を基にするのが基本だが、大国はときどき、その信義をぶっ飛ばすことで大国の顔を自ら確認することがある。日本も、かつてそんな大国のふりをしていた時期があったが、一度敗戦国となってしまった今となっては、その国際信義、というものを信じてやるしかない。<br />
<br />
日本の自称ナショナリストたちは日本と「世界」の異質性を唱えて、「世界」が押し付けてきた過去（日本も日本軍も何も悪くない、騙したりなんだりした世界が悪い）やルールを拒否することが多いが、しかし、戦前の日本ほど国際信義を、少なくとも同等の大国間で大事にしてきた国はなかったろう。それが後発国である日本が国際社会に参入する唯一の道だった（開戦の詔勅に国際法遵守の精神がないことを指摘したのは昭和天皇ご自身だった）し、敗戦国となった今ではなおさらそのことを頼っていくしかない。そして、そのことは、けっこう強い。<br />
<br />
<a name="more"></a>かつての日本もそうだったが、「大国」意識の強い国は同等でない国に対して信義を踏みにじることが多い。そういう「大国」に対しては、しかし、弱腰ということではなく、きちんと怒らなければならない。<br />
<br />
かつて、ソ連が崩壊した後のロシア、エリツィン大統領は酔っぱらいでもあり、かなり横暴だった。そんなエリツィンを叱りつけた日本人としては、亡くなったロシア語の名通訳、米原万里さんがよく知られているが、まだ田舎にいたころの私に印象深いのは、当時NHKのモスクワ支局長だった小林和男さんの「怒り」だった。来日をドタキャンしたエリツィンに対し、かなり強い憤りをもって「もう来なくていい」とニュースで語っていた。強いことをいうものだな、と感じたが、それは国際信義に悖る行為は、国境を越えて活動する人間には許されない、ということだ。<br />
<br />
そのことが、戦後、ドメスティックな言説で充満した日本では共有されていない。「国際感覚豊かな」といわれる、海外留学も重ねた日本人は、多くの場合「世界はこうなっていますから」というルールを客観的に語るだけで、日本としての国際信義の発露には関心がない。そういう意味での国際感覚を持った人は、ほんとうに少ない。<br />
<br />
今の政府に、いるか。今の大臣に、いるか。いないといったら、我こそは知識豊かで優秀だと思っている人の集まりである民主党政権は怒るだろう。しかし、中国のこの非礼を非礼として受け止められないのであれば、どんな知識豊かで優秀でも政治家としては意味がない。これは、ナショナリズムとか、領土拡張主義とかとは関係のないところの話だ。
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<title>北方領土の「解決」を「訴える」</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-10-24 23:35:13+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2011:snobistblog.27564136</id> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-24">
<![CDATA[
北海道５区の選挙で、比例代表の議席を辞して選挙区を取りにいった町村元外務大臣が返り咲いた。いろんなことを考える。それほどまでに、比例当選議員と選挙区当選議員では発言力が違うんだ、と改めて思ったのが一点。それから、小沢さんをみんなが嫌いなのはわかるけど、菅首相になって民主は選挙負けっぱなしだな、というのもひとつ。ニュースでは「菅改造内閣発足後初の国政選挙」で「民主政権に打撃」と云っているが、そもそも選挙になった理由が、前の民主議員が北教組から違法な献金を受けていて辞任したことに始まったのであり、そりゃ民主が負けるだろうよ、というふうにはあまり云わないのはなぜか、というのが一点。逆に、自民12万票対民主９万票と、意外と差がつかなかったという印象だってある。<br />
<br />
ちゃんとした分析は明日の朝刊がやってくれるだろうけれど、今日は全く別の話。今回の選挙区、江別に住んでいる知人から、「そうはいっても北海道の国政選挙は北方領土の話が出るんだよね」という話を聞いた。時代が下り、大きなテーマにはならないけど、やはり争点として気になるのだという。自民と民主、どちらが、北方領土を取り返してくれるのか。そもそも、そんなことが可能なのか。<br />
<br />
尖閣問題もあり、いま日本社会は領土問題に敏感だ。そのなかで、北方領土について冷静に語ることは難しい。もちろん日本国民として、北方領土を取り返したい、かつて真珠湾へ出撃した択捉の故地を取り返したいという思いは強い。<a name="more"></a>がしかし、たとえば国際司法裁判所へ訴え出て、相手も乗ってくるとして、北方領土は竹島に比べて勝ち目が薄い、ことも、事実だ。これは敗戦国の悲哀である。<br />
<br />
日本側が北方領土を自国領と主張しているように、そしてまたそれが正当であるように、1855年の日露和親条約で択捉島までは日本領、ウルップ島からはロシア領と画定された。このことに立脚すれば、当然、北方領土は日本領だ。ところが、日本ではあまり紹介されないが、ロシアには別の論拠がある。日本は８月１５日にアメリカに対してポツダム宣言の受諾を伝えたが、実はソ連には伝わっていなかった。もちろんソ連だって知っていたわけだが、国際法に則っていえば（当然その前に中立条約の一方的破棄という我々としてはソ連の不法行為、しかし東京裁判で合法とされてしまっている）、ソ連は９月２日の降伏文書調印までは戦争行為を続ける権利があるわけだ。<br />
<br />
８月１５日の詔勅を受け、停戦命令を受けて丸腰となった満州や北方領土の将兵や市民を襲ったソ連の野蛮さは非難に値するが、アメリカに伝えりゃ全部伝わるだろうと考えた日本政府の対応もあまりに甘かった。結果、ロシアは最近、これまでの終戦記念日＝ロシアにとって最も激戦だったナチスドイツとの戦いが終わった５月９日を重視していたのに加え、対日戦勝記念日を強調し始めた。まもなくメドベージェフが北方領土を訪れ、実効支配ではなく「領土」を強く印象づけるだろう。先日、メドベージェフと胡錦濤が「戦争での結果」を重視する発言をおこなった。日本にとってはまったくもって敗戦国の悲哀だ。<br />
<br />
さて、この、敗戦や敗戦前後の不始末をつけるでもなく、日本を悪し様にいうやつは許さない、的な活動ではなかなか、島は帰ってきそうにない。一度、それに近い空気が醸し出されたことがあった。それが鈴木宗男＆佐藤優コンビによる対ロシア外交だ。国会でさんざん利権として批判された「ムネオハウス」を始め、北方領土にがんがん金をつぎ込んで、返してもらおうという算段だった。これを笑う人は多いが、そう笑うわけにも行かない。東ドイツからソ連軍が撤退したのは、単にゴルバチョフが新しい時代を予見したからだけでなく、「帰る燃料がない」とダダをこねるソ連軍に「じゃあ燃料代を出しましょう」と西ドイツがカネを出しに出して帰ってもらったからでもある。戦争の結果は、そう簡単には動かないというのも国際社会の常識だ。金で動かなければ、もう一度戦争をやって勝つしかないが、それはますます難しい。<br />
<br />
その鈴木宗男も、病気がどうなるかわからないが、いよいよ収監される。そして、日ソ共同宣言を可能ならしめた鳩山一郎の、北海道を選挙区とする孫が総理大臣になったという期待感だけをもって、北方領土の解決を期待する日本。その首相は、正直申し上げて、外交能力のなさと恐るべき人の良さを露呈して退陣した。このままでは、日本は北方領土の「解決」を「訴える」だけで終わってしまう危険が高い。元島民の方が高齢化し、時間がなくなる中でやるべきことは「訴える」声を大きくすることなんだろうか。国際社会は、理想もないきれいごとでは動いてくれなさそうだ。
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<title>あれだけ打てなきゃ、しょうがなかばい。</title> 
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  <link rel="service.edit" type="application/x.atom+xml" href="http://blog.so-net.ne.jp/atom/blog_id=43934/entry_id=27340688" title="あれだけ打てなきゃ、しょうがなかばい。" />
  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-10-19 23:17:02+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2011:snobistblog.27340688</id> 
  <summary type="text/plain"> </summary> 
  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-19">
<![CDATA[
なかなか日本シリーズ出場を決めてくれない、とか云っていたら、とうとう日本シリーズに出れないことになってしまった。アドバンテージがあったのに負けたのは史上初。そりゃないよ、という気分。<br />
<br />
今日の敗因はわかっている。５回二死走者なしから、ヒット、ヒット、四球で満塁、<a name="more"></a>そこから死球、死球、２点適時打で４点を奪われたことだ。最初のヒットは里崎に出会い頭に打たれたのはしょうがない。問題は２本目だ。西岡は杉内の変化球にまったくタイミングが合わず２−０。しかしそこからストレートを叩かれてレフト前ヒット。おそらく、見せ球にしたかったのだが、中４日の杉内の真っすぐに見せ球にするような勢いがなかったことは、４回まで見ていてわかったはずだ。バッテリーが、甘かった。<br />
<br />
とはいえ、それは今日の話。一言で云えば、あれだけ打てなきゃ、しょうがなかばい。勝てんばい。成瀬に１８イニングで１点。今日は完封、昨日は２点、一昨日２点にその前１点。二ケタ安打、なし。<br />
<br />
今年の優勝の勝因が投手陣の踏ん張り、特に先発の杉内・和田の両左腕と、摂津、ファルケンボーグ、馬原の３右腕だったことは云うまでもない。しかし依存にも程度というものがあった。象徴的だったのは１対０で勝った第３戦、しかし、打てなかった。ランナーを出すがチャンスにならない。川崎、本多が押さえられてしまえば、ベテランクリーンナップではどうしようもなかったのは見ての通りだった。<br />
<br />
今年、小久保が本当にがんばって打線を引っ張ったが、歳からしても来年は同様の活躍は望めない。田村はFAでいなくなるだろう。松中は、三冠王のときの凄まじい打撃技術の残像は捨て難いが、ただの打者である。特に左投手はなめてかかってきている。<br />
<br />
今年スタメンを張った松田や、今年不調だった長谷川あたりががんばってくれないとどうにもならない。それだけでなく、江川や城所、明石あたりが主軸を打たなければどうにもならないだろう。それとも、FAで誰かをとってくるか。<br />
<br />
しょうがなかばい。今年は。勝てんばい。しかし来年どう勝つか。そのことを考えなきゃいけない。
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<title>それが将棋じゃ、ないんだけどな。</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-17" />
  <link rel="service.edit" type="application/x.atom+xml" href="http://blog.so-net.ne.jp/atom/blog_id=43934/entry_id=27259277" title="それが将棋じゃ、ないんだけどな。" />
  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-10-17 21:53:00+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2011:snobistblog.27259277</id> 
  <summary type="text/plain"> </summary> 
  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-17">
<![CDATA[
なかなかソフトバンクが日本シリーズ進出を決めてくれないけれど、リードしているからまあいいとしよう。それより精神的ダメージが大きかったのは、先週月曜日（祝日）に東大でおこなわれた、清水市代女流王将とスーパー将棋ソフト「あから」との対戦の件だった。<br />
<br />
<a href="http://komazakura.shogi.or.jp/vscomshogi/report/" target="_blank">http://komazakura.shogi.or.jp/vscomshogi/report/</a><br />
<br />
四十路を越えて、女流棋士界ではいまだ第一人者としての実力と美貌を誇る清水女流王将に、コンピューターが挑んで、勝った。和装で感想戦まで戦った清水王将はさすがだが、しかし、その胸中やいかに、と察してあまりある。そもそも、将棋って、そういうものではないのではないか。<br />
<br />
将棋は、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%86%E6%A3%8B" target="_blank">Wikipediaの項目</a>も「優秀な記事」に指定されているが、それを参照するまでもなく、「二人ゼロサム有限確定完全情報ゲーム」である。簡単に意訳すれば、相手の最善手を予測してそれに対する最善手を指していけば、どちらかがミスしない限り均衡状態が続く（厳密に云えば先手または後手が有利になる可能性はあるが、あまりにも膨大な手があるためいまだ論理的に優位な差は発見されていない。統計的には先手が有利とされる）。逆に言えば、どちらかがわずかでもミスをすれば、コンピューターのように膨大な論理計算が可能な指し手であれば、優劣がその後逆転することはない。それが「完全情報」の意味だ。<br />
<a name="more"></a>３年前、当時の最強ソフトだったボナンザと渡辺明竜王の対戦では、中盤で渡辺竜王が有利な態勢を築いたがボナンザはその不利を計算できず、終盤で一挙に破られた。興味のある人のために具体的に云えば、コンピューターは駒の損得、玉将の安全度、駒の働きの可能性などを変数にして自分の優劣度を最大化するための手を導き出すわけだが、その対戦では渡辺竜王が一見危険な自玉ながら桂馬がなければ詰まず、かつ、相手は容易に桂馬を入手できないかたちに持ち込み、ボナンザの攻め手が尽きたところで一挙に勝負をつけた。投了直前まで、ボナンザは自分が有利との計算をしていたのだから、明らかに竜王の読み勝ちである。<br />
<br />
と同時に、コンピューター相手では中盤で勝っておかないとどうにもならない、という真実も示された。終盤になればさきほど述べた「完全情報ゲーム」がものを云う。もちろん、プロの棋士は二十数手の「詰めろ」（放置しておけば自分の玉将が二十数手後に確実に詰まされる状態）を読み切るぐらいの力量はあるが、それはコンピューターも同じだから、終盤でのミスを期待しての逆転は難しい。完全情報ゲームが、コンピューターにとってもまだ「不完全」である中盤で差を付けなければならない、ということだ。<br />
<br />
これまで、将棋ソフトが人間に勝てなかったのは、この「不完全」度合いが将棋は大きかったからだ。１９９６年にチェスの世界チャンピオンにコンピューター「ディープ・ブルー」が勝利し、最近では人間とコンピューターは互角ないしややコンピューター優位と云われているが、チェスには「持ち駒」という要素がない。将棋はこの要素が情報計算を複雑にし、なかなかコンピューターの挑戦が届かないほどの差があった。<br />
<br />
それが急激に追いついてきたのは事実だ。女流の第一人者に勝ったのだから、次は竜王、そして羽生永世名人に、と開発者側は意気込んでいる。開発者側も「同じ人間が作り上げたソフトだから、人間と人間の戦いとしてみてほしい」という趣旨を云っている。<br />
<br />
しかし、どうしてもそう思えない。それは将棋なんだろうか。<br />
<br />
指し手を見ていて思ったのだが、コンピューターは、相手が指したひとつ前の手までを所与条件として最善手を導き出す。これは完全情報ゲームである以上、当然の判断だ。そこまでもしコンピューターがささず誰か別の人が指していて、「さあ、ここからコンピューターでよろしく」といっても、コンピューターは何とも思わず指す。それが機械的なアルゴリズムというものだ。<br />
<br />
しかし、生身の将棋指しは違う。どういう手をさすのかは、そこまでどういう手を指してきたか、というストーリーラインに大きく依存している。将棋の世界で云えば「大局観」という言い方になるのだが、その棋士の「価値観」、完全情報ゲームであることを前提に言えば「世界観」が重要で、そこをぶつけ合うことに将棋の醍醐味がある。これは、「たまにはミスするのが人間臭い」といった低次元な話ではなく、人間の情報処理の方法論に基づく話だ。<br />
<br />
つまり、将棋が好きな人にとって将棋が面白いのは、「二人ゼロサム有限確定完全情報ゲーム」のなかで最前解を導き出すべくしのぎを削るときに、いかにも人間的な、物語構造的な情報処理をしているところに共感し、将棋に印象づけられていくのである、と私は思う。結局はものごとが数値化されていく世の中に、飲み込まれるものとはわけが違うはず。そう思いたいところだし、そう、将棋連盟もソフト開発者も、将棋を扱ってほしい。切に、そう思う。
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<title>巾着田の曼珠沙華、民人の原風景</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-02" />
  <link rel="service.edit" type="application/x.atom+xml" href="http://blog.so-net.ne.jp/atom/blog_id=43934/entry_id=26710525" title="巾着田の曼珠沙華、民人の原風景" />
  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-10-02 22:59:40+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2011:snobistblog.26710525</id> 
  <summary type="text/plain"> </summary> 
  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-10-02">
<![CDATA[
家内が上京してきたので、どこかへ出かけようかと思ったが、いつものとおり街を歩いていてもつまらないので、たまには、田舎へいった。西武のホームに宣伝が飾ってあった、埼玉は飯能の奥の高麗にある巾着田、だ。<br />
<br />
高麗は山の中だが、由緒ある土地だ。７世紀半ば、東アジアは有史以来の大激動期を迎えていた。漢帝国が滅び、その後の三国時代を統一した晋の治世は長い中国史から見ればわずかでしかなく、ついに戎夷の進入を招き南北に王朝が分かれ、それにともない朝鮮半島も百済新羅高句麗の３国が微妙な力の均衡を保っていた。ついでに言えば、日本はそのころ大陸の力の分裂に無縁のように書かれているがそんなことはなく、おそらく、後の史書に蘇我と物部というふうに表象された争いは、大陸の動向を受けたものであったに相違ない。<br />
<br />
その、中国の分裂が、隋という強大な国家、さらにはそれを受けた唐の成立で止まる。朝鮮半島でこれに機敏に反応した新羅が唐と組んで半島統一に乗り出し、まず百済を滅ぼす。援軍を出した日本は最初の世界大戦で手痛い大敗を喫した。さらに最強国であり、隋の侵攻を三度にわたって食い止め事実上朝鮮を守ってきた高句麗を、新羅と唐が挟撃し滅ぼした。<br />
<br />
高麗（こま）という地名は、このとき滅亡した高麗人（こまびと）が亡命してきた、その移民を受け入れた土地である。特に、高麗若光は高麗の王族とされ、後に祭神として高麗神社に祀られた。この高麗の、高麗川が湾曲した、古代の人にとっては大変な景勝の地であったであろう巾着田は、いまは彼岸花の群生地となっている。<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/F1000029.JPG" width="432" height="240" border="0" align="" alt="F1000029.JPG" /><br />
<br />
曼珠沙華は、いかにも、日本の花ではない。まずこの紅さが、きつすぎて日本の風土が生み出すような赤ではない。彼岸花は今の日本では田んぼの畔の風景だが、墓地にもよく咲き、彼岸花の下には死体が埋まっているという。この血の色だ。<br />
<br />
血の色の赤さは、動脈の血は特に鮮烈であるが、それは金属的な赤に拠っている。水銀のような丹ではなく、鉄が生む赤さだ。八岐大蛇が火を吐く、その赤さである。その紅さがにょっきと地から沸いて出てくるような花が彼岸花だ。<br />
<br />
悪口ばかり言っても仕方がない。その紅さが魅力的でもある。しかもこれだけ群生すれば、壮観といっていい。しかしそこには、おそらく、この地がかつて水田であったころ、見たこともない民の故郷の風景を思いながら、意図的にかあるいは稲作のついでにかはわからないが大陸にあった鮮烈な赤を持ち込んだ人々の記憶が遭ったはずである。<br />
<br />
そうであるならば、関東地方にしてはやや穏やかなこの正丸峠方向の山々も、その前に広がる彼岸花の風景も、高麗人たちの原風景であったのかもしれない、と思う。つかの間の休み、悪くないたびだった。<a name="more"></a>
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<title>それきた７年ぶりの祝杯だ</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-09-27" />
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-09-27 23:41:24+09:00</issued> 
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<![CDATA[
さすがに仙台まで見に行く、という気力は起きなかったが、ＢＳで午後3時から西武対日本ハム、そしてそのまま楽天対ソフトバンクの試合を、ただただ見る。そして、優勝を争う両チームが負けるという形でソフトバンクの優勝が決まる。何とも気の抜けたかたちではあるが、優勝には違いない。<br />
<br />
とにかく、ホークスはプレーオフ制度導入でケチがついた。思い起こせば2003年、日本一になったときのホークスはほんとに強かった。オープン戦で小久保が怪我をしてしまい（シーズンを棒に振り、そのオフにあの不可解な巨人への“無償トレード”が起きるのだが）、これはダメかと思いきや、投げる方では斉藤、新垣、和田、杉内がフル回転、打つほうでは３番井口、４番松中、５番城島、６番バルデスがそれぞれ100打点以上を上げる「ダイハード打線」で、オリックスなんかからは29点も取って圧勝、阪神との日本シリーズでも福岡ドームでの４戦をすべて勝って優勝したのだった。<br />
<br />
ところが2004年、パ･リーグは「リーグ戦の上位３チームでプレーオフを行い、その勝者が優勝チーム」というわけのわからない制度を導入してしまったのだ。<a name="more"></a>松中が三冠を取り、斉藤が君臨し、当時絶頂期にあったホークスは2004年、05年と２位西武、ロッテに4.5ゲーム差をつけてリーグ戦を制したのだが、アドバンテージもない（05年は5ゲーム差で１勝というルールだった）、本拠地開催権もないプレーオフでいずれも涙を呑んだ。それでもって、ホークスの全盛時代は去ってしまったわけである。あとはご存じの通り、このホークスの理不尽を受けて、リーグ戦の１位が優勝、日本シリーズ出場を賭けてプレーオフを戦う、というルールになったのだが、以降、ホークスはＣＳには弱く、一度は最下位も味わった。<br />
<br />
さて今年の優勝は、それに比べれば味気ない面もある。04年と05年は２位を引き離しての１位だったが、今年は差のない優勝だ。おそらく最後に西武が楽天に勝つだろうから、ゲーム差なし、勝率差での優勝だ。スポーツニュースで「混戦を一歩抜け出した要因は」などと分析していたが、一歩も抜け出していない。よくて鼻差で勝った、と評すべきだろう。<br />
<br />
しかし、それでも優勝は優勝に違いない。この優勝をもぎ取ったのは、西武を勝率で上回ったのは、他でもない、数字の通り、引き分けの数である。西武はシーズン通して１引き分け、ホークスは５引き分け。4ゲーム分は、西武が２つ余分に勝ち、２つ余分に負けただけだ。ただ、簡単な算数の通り、勝ち越していれば引き分けが多い方が勝率を計算するときの分母が小さくなるので、１勝の価値が数学的に増す、というだけの話である。<br />
<br />
意外とこれは真実を衝いているはずだ。今年の抑えの３人、摂津、ファルケンボーグ、馬原は去年よりもよく抑えたが、そうはいってもそれぞれ崩れるときがある。長年ホークスファンをやっていると、１点差で馬原が登板すると同点までは最悪覚悟する。馬原はピシッとは抑えてくれない。ピンチを抱えながら抑える投手なので、よく追いつかれたりする。ただ、その先で逆転を許さなかったのだ。かつ、馬原で追いつかれたとしても、延長戦を投げる投手がしっかりしていて、何とか引き分けに持ち込むケースが多かった。<br />
<br />
これが西武にはなかった。シコースキーが潰れたらもう後がいない。小野寺が打たれたら歯止めがきかない。勝てる試合を落とすのではなく、勝てる試合を勝てないけれども負けずに終わらせる、という試合が西武にできていれば、ホークスを今度は鼻差で差しかえしていたはずである。<br />
<br />
とはいえ、鼻差の分析だ。１４４試合のなかの４試合差についての分析だから、クライマックスシリーズの勝敗を占う要素にはならない。ただ、０４年、０５年と違って、本拠地でホークスができるのは大きい。とはいうものの、ホークスも西武も、あるいはロッテも日本ハムも、どどどっと連勝するかと思いきやどどどっと連敗するチームだ。あとは祈るばかりなり。
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<title>フリー経済がもたらすＬＣＣ、羽田上陸</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
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<![CDATA[
今日は大阪地検の大失態の話題がすごく気になるのだけれど、国家のあり方として（ガバナンスのあり方として）気になる点がいくつもあるのでそれはまた明日。<br />
<br />
羽田の国際線に、マレーシアのＬＣＣが参入することになったらしい。いろんなことがめちゃくちゃになってきた。これで羽田の国際線主力化は確実だ。そもそも成田は、羽田を沖に延伸することが不可能であるという東寺の運輸省の調査結果に基づいて作られた空港なのだが、これは報告当時から新たな運輸省利権拡大のための調査であったという疑いが耐えなかったらしい。当時と今では技術が違うので、という言い訳はできるだろうが、海流が激しいわけでもない湾内の埋め立て技術に当時も今もへったくれもあろうはずがなく、今になって羽田を拡大するのなら成田はやめちまっても全然かまわない。とはいえ、成田を作るときには人命も含め犠牲が大きすぎて、特に千葉県はただじゃすまないことも十分わかっている。<br />
<br />
そんななかでＬＣＣが来る。クアラルンプールまで５０００円という特価だが、すごいのはＬＣＣとはいえセル型のビジネスシートが他の航空会社のエコノミー料金並み、というのは魅力的だ。もちろん安かろう悪かろうの側面はあるが、かつての某国航空会社のようによく落ちるとか、危ないとか、そういう次元の「悪かろう」ではない。<br />
<br />
それを成立させているのがロングテール経済の仕組である。それはこの『フリー』によく出ている。大体著者が、ロングテールという言葉の発明者だ。日本でこの言葉を有名にしたのは梅田望夫の『Web進化論』だが、そして世間でもずいぶん評判になったが、率直に言ってこの本は何を書いているのかよくわからなかった。<br />
<br />
それが『フリー』を読んでよくわかった。<br />
<!-- amazon --><br />
<div class="sonet-asin-area"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140814047/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/418bv41i6jL._SL160_.jpg" class="sonet-asin-image" alt="フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略" title="フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略"></a><div class="sonet-asin-info"><p class="sonet-asin-title"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140814047/sonet0f-22/ref=nosim" target="_blank">フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略</a></p><ul><li class="sonet-asin-label">作者: クリス・アンダーソン</li><li class="sonet-asin-label">出版社/メーカー: 日本放送出版協会</li><li class="sonet-asin-label">発売日: 2009/11/21</li><li class="sonet-asin-label">メディア: ハードカバー</li></ul></div></div><div class="sonet-asin-break"><!-- --></div><br />
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これまでの経済を「アトム経済」、デジタルに基づく経済を「ビット経済」と大くくりに分割しながら、アトム経済は安かろう悪かろうが成立するけれど、ビット経済では必ずしも安かろう悪かろうにならない、ということを書いている。<br />
<br />
その理屈が、「ロングテール」だ。つまり、２割のヘビーユーザー、コストを払ってもいいユーザーの対価をもとに８割のフリーユーザー、ないしローコストユーザーを成立させる。お金を払う人を中心に、タダで利用できる人を増やすわけだ。『Web進化論』では、これまでの経済では切り捨てられていたロングテールがビジネスの対象になり売買の自由度が広がると書いていたが、その自由度の問題だけでなく、もっと大きな、経済モデル全般として成り立つということがこの本には書いてある。<br />
<br />
そのひとつが今回のＬＣＣだ。ハイシーズンは高め、ローシーズンは価格もローに。しかも行った先でのツアーなどを拡充し、そこで落とすお金を飛行機の価格を下げることに回す。これまでの会計の考え方ではありえなかったものが、いよいよ、成田ではなく、東京の真ん中を攻めてくる。<br />
<br />
<a name="more"></a>
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<title>点滴</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-09-20 21:59:42+09:00</issued> 
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<![CDATA[
先週、確かに忙しかった。そこから所用あって慌てての帰省。<br />
<br />
しかし、胃痛と下痢でどうもこうもならなくなるとは。<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/20100919165603.jpg" width="178" height="320" border="0" align="" alt="20100919165603.jpg" /><br />
<br />
休日の病院で点滴。<br />
ほとんど仕事にならず、明日からの仕事が山積。<a name="more"></a>
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<title>福岡</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-05-02 12:40:05+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<a href="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/image/2010-05-02T12:39:07-98f0f.jpg" target="_blank"><img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/image/m_2010-05-02T12:39:07-98f0f.jpg" alt="20100502115918.jpg" width="150" height="83" border="0" hspace="5" /></a>ヤフードームで足止め<a name="more"></a>
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<title>壇ノ浦ＰＡ</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-05-01 16:25:05+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-05-01-1">
<![CDATA[
中国自動車道、完走！<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/20100501155920.jpg" width="178" height="320" border="0" align="" alt="20100501155920.jpg" /><br />
<br />
<br />
関門橋。<br />
<br />
九州は眼前だ。<a name="more"></a>
]]> 
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<title>中国道の風景は変わらない</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-05-01 11:39:38+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-05-01">
<![CDATA[
朝４時に瀬田を出発。天王山～吹田間がこの早朝時間帯なのに大渋滞、ということで、１０００円高速を離れるのは惜しいが第二京阪道路に出て、淀から久御山、枚方へ出る。ここからさらに回り込んで、門真から近畿道を北上して吹田に合流。おそらく４０分程度の時間を稼げている、はず。<br />
<br />
時間に余裕ができたので、渋滞リスクの高い山陽道ではなく中国道を走る。<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/20100501113146.jpg" width="320" height="178" border="0" align="" alt="20100501113146.jpg" /><br />
<br />
津山を過ぎ、広島県に入ったところ、七塚原ＳＡからの風景。山と壁とトンネルとカーブしかない中国道の雰囲気は昔と変わらず。山陽道に主軸がシフトしたためか、道路の整備もいまひとつ後回しになっている感じがするのが悲哀。<a name="more"></a>
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<title>伊勢長島</title> 
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  <modified>2011-03-14T09:27:48Z</modified> 
  <issued>2010-04-30 23:34:23+09:00</issued> 
  <id>tag:blog.so-net.ne.jp,2011:snobistblog.20456372</id> 
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  <dc:subject></dc:subject> 

<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/2010-04-30-02">
<![CDATA[
三重県の長島。関西ではテレビＣＭで有名な、巨大木製ジェットコースターの夜景。<br />
<br />
<img src="http://snobistblog.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_25f/snobistblog/20100430203728.jpg" width="320" height="178" border="0" align="" alt="20100430203728.jpg" /><br />
<br />
「新名神」というのができていてびっくりした。<br />
<br />
昔は東名から小牧を経て名神、というのが相場だったはずだが、東名の豊田から伊勢湾岸道に入り、未来都市みたいな夜景の名港を経て、東名阪、そして亀山から旧東海道沿いに新名神が草津まで走っている。<br />
<br />
土山宿のあたりはいわば鈴鹿峠越えで、かなりの急勾配。ミニクーパー、がんばった。<br />
<br />
大津瀬田にて宿を取る。<a name="more"></a>
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